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パターン

大体自分にはパターンがある。朝の頭の中のイメージはほぼ、2つのパターンだ。
①仕事勉強が上手くいっているか、昨日俺は新しいことを何か吸収しただろうか?全然思うように進まないな‼とかそんなのがグルグル回っている。反芻思考というのか?峻順←字はあっているのか?とでも言うのか。
②性欲の対象をサーチしている。愚かな日々を送り続けたことで、人生のステージが進んでいない。avはもう何万時間見たことだろうか?累計視聴時間は10年になるのではないか。まさに無為徒食。それ故に、もう年齢から来る性欲の衰えと、新しいジャンルを発見することのないマンネリ感、自分の人生の閉塞感からかほぼavに飽きている。
この①と②のイメージの混合状態に憂鬱ぎみで、
あのとき、もっと頑張っていれば良かったという後悔のイメージが一番強く出てきて朝を迎える。

このパターンはもう15年は続いている。
まさにパターンだ。恒常性と言ってもよい。そういう風に寝てる間の自分は調整されているらしい。

目覚めてから、このしょうもない頭を起動させて動き回らなければいけないのだが……ああとにかく今は電験をやって痛い。感情的思考から解放されたい。

鎮静

自分に取って今必要なのは鎮静。
批判的思考は論理的思考とは言い切れず、ただ単にムカついた事を書きなぐっているだけの可能性が高い。
誰か身近にいるムカつく奴の顔を思い浮かべながら考えている可能性が高い。一人一人の能力が如実に差が出るのが仕事だ。それはもう、はっきり差が出る。頭悪い女とだけは結婚してはいけない。これは間違いない。仕事が出来て性格の良い女が良い女。仕事も出来ず、泥にまみれる事もせずに、楽ばかりしている女。こんなのはクソアマだ。能力無い奴には無いぞ。明確に分かる。現代は技術の進歩で楽が出来るようになったが、その分クソ人間が増えたのでは無いのか?
馬鹿も多く繁殖したのではないか?

思考する

筋肉の太さに個人差がある。神経の太さにも個人差がある。頭の作りの個人差はもう、どうしようもないくらいに個人差がある。天才の家系から生まれて来るのは天才が多い。キュリー夫人の娘もノーベル賞だし、他にも親子でノーベル賞を取った例はあ。今なら、Wikipediaにそういった情報は溢れている。有名な人の親も凄い人だった例は。競走馬だって足の速いのを掛け合わせて作るのだから、人間だって頭いいどうしを掛け合わせたほうが頭良い子が生まれる確率は上がる。
頭の出来は遺伝だ。レベルや到達度は努力で高める事は出来るが、脳のマシンスペックそれ自体は、
脳内の神経伝達物質の多寡、数学的処理を行う脳領域の機能で決まると思っている。馬鹿は感情的思考だ。どうしようもなく感情的思考だ。天才は似てないが馬鹿はその辺にゴロゴロいるからドイツもこいつも似通っている。
感情で物を考えて、何かプラスになったためしがない。